もんじゅ西村裁判Monjyu Tribuanl

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zoom RSS 最終 陳述書2017.1.16

<<   作成日時 : 2017/01/28 16:03   >>

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                                                         2016年12月26日
                  陳 述 書
東京地方裁判所 御中           
                                                           原告 西村トシ子
この裁判において,被告は証拠をとして新聞記事を出し,捜査機関の証拠が2枚の新聞記事とは,あまりもの粗末で驚きです.
歴史的な「もんじゅ事故」とそれに纏わる“西村変死事件”に対する中央署の捜査体制と捜査記録(初動捜査,検視,捜査時の物的証拠及び遺品)を開示させ,この裁判で事件を解明する必要があります.
乙1号証-1,乙第1号証-2(新聞記事)は1996年1月13日中央署が報道機関へ発表した内容(死亡日時、場所、死因、死因種類、傷害が発生した時、その手段)です.更にメディア(TV,ラジオ,新聞,週刊誌)を通じて,効果的に瞬く間に拡散しました.警察情報はメディアを効果的に制し,長年,延々と続いています.
しかし,中央署は遺族に対し,事件の実態の説明を拒み,捜査の記録や,遺品(全着衣等)返還や開示をしていません.
中央署は初動捜査を誤り,犯罪捜査規範,検視規則を厳守しなかったことにより,この事件を自殺事件と認定してしまいました.
「検視規則」は次のように決められている.
 第一条で,この規則は変死者または変死の疑いのある死体(以下「変死体」という)を発見し,又はこれがある旨の届出を受けときの検視に関する手続き,方法その他 必要な事項を定めることを目的とする.以下簡略し,
(報告)第2条,(検察官への通知)第3条,(現場の保存)第4条,(検視の代行)第5条,(検視の要綱)第6条.8遺書がある時はその真偽.
まず,西村成生の死亡推定時刻を調べてみました.
高野証言,落合証言は「西村成生の深部体温を測定しなかった」と証言し,中央署が発表した死亡推定時刻は科学的な根拠がないことが分かりました.
1.法医学的死亡推定時刻と遺書の日付時刻の矛盾
@ 西村成生の生存の最終目撃
西村成生の生存が最後に確認された時刻は、乙4号証の1996年1月12日22:05科技庁の記者会見会場でその終了時,担当記者等が目撃している
A 中央署が遺書とした「文書」に年月日時刻時分が記入され,その数字は筆跡鑑定書により,第3者による加筆筆跡であった,年月日時分は死亡推定時刻を遅らせるため加筆され,更に不可解なことに,その「文書」作成に使用した筆記用具(万年筆)を中央署は遺族に未返還である.
B 法医科医師の鑑定書
鑑定書の死亡推定時刻は1996年1月13日2時頃としている。
C「法医学」による死亡推定時刻を算出する(資料a.b. c.)
資料a:「法医学書」遺体の時間当たり体温の低下(甲10号証)
資料b:聖路加国際病院カルテ,深部体温27〔℃〕(甲6号証),
資料c:気象庁気象観測原簿(観測地点:東京管区気象台)(甲4-2号証)1996年1/12〜1/13都心の外気温
※資料Ca.b. cから死亡推定時刻を算出
死亡推定時刻は科技庁での記者会見終了時の1996年1月12日22:05 〜
1月13日1時頃(都心の外気で死亡の場合)となる.
(中央署の発表と異なり,センターホテル東京にチェックインする前に,既に何処かで死亡していたことになる.)
D中央署は深部体温を測定していなかった(証言)
・落合証言と高野証言は深部体温測定をせず,記憶もないと証言した.
中央署は深部体温を測定せず科学的根拠が全くない死亡時刻を認定していた.
2. 中央署発表「死因・ホテルから飛び降り自殺」について
(注:ホテル入館,部屋,FAX,遺書,遺品,飛び降り自殺,検視,遺品,遺族への対応と説明の順)
主な尋問に対する高野証言,落合証言をチェックし整理すると,捜査の異常さが浮かび上がってくる. 
@ センターホテル東京にチェックインした宿帳について
・落合証言は宿帳押収の記憶はない
A センターホテル室内の写真について
・落合証言はホテル室内に入ったが,写真を撮影した記憶はない.
・高野証言は検視の手続きで部屋に入った.
ホテル803号室は事件に関係ないので実況見分をしなかった.
B 甲2号証 FAX受信紙5枚について
(注:FAXは動燃が送信,センターホテル東京が受信,803号室内にあったと中央署が発表した受信紙5枚)
・落合証言と高野証言はFAX受信紙5枚の記憶がない
C 甲8号証 遺書記載に使用した万年筆について
・落合証言は机の上に遺書があり警察署に持って行った,万年筆を撮影していない.
D 遺品目録(コート,マフラー,鞄,その他)引渡手続きについて
・高野証言は遺品を関係者に渡す場合,受取手続きを行い,受取書が残る
・高野証言は預かったものを,警察で一時的に預かった可能性はある.
E 遺品目録について
・高野証言は遺品目録に備忘録とメモを見て記載する.取扱簿に預かったものを簿冊に転記する,引渡書に署名捺印を頂く,本件で引渡書の手続きの記憶はない
F 捜査資料や遺体発見現場と遺体の写真撮影について
・落合証言は写真撮影報告書を作成した.非常階段の踊り場,ホテル全景を
撮影した.ズボンの後が裂けていた,うつ伏せだった.
Q(尋問):遺体発見現場の遺体写真を撮影したか?  A(落合):無言.
争った跡はなかった.落下地点,非常階段を何枚か撮影した.事件性がない.判断は遺書,ホテル関係者,同宿舎の話を聞いて判断した.
・高野証言は自殺事件の実況見分をしない.この事件は社会的問題になっているので実況見分し,実況見分書に写真を張り付けた.ルミノール反応検査をしていない,血痕,地面に落ちた傷,頭や背中の傷,物体の痕跡,ストレチャ,担架,遺体がうつ伏せか,靴や鞄,落下痕跡の記憶はない.実況見分は非常階段,飛び降り場所,落下地点を見分したが,根拠があったとは言えない.警察で遺書以外のものを一時的に預かっている可能性はある.
G 事情聴取について(センターホテルにて)
・高野証言は3人で手分けして聞いた.
H 検視時の書類,遺体の状況や写真撮影について.
・落合証言は検視した,深部体温を測定していない.
遺体の写真を撮影した.着衣全体の様子,その損傷を撮影していない.
・高野証言は検視した,検視時の書類を作成する.深部体温を測定していない.腕や足の擦過傷を実況見分に書いてない,
I 病院から中央署へ衣類,所持品の譲渡について
・高野証言は受領した記憶はない.
J 検視で着衣,所持品,遺留品の記録について
・高野証言は備忘録に書き,捜査書類に転記する,
Q(尋問):今回の事案の着衣,携帯品,遺留品は検視手続きで調べたか?
 A(高野):通常であれば備忘録を取扱簿に転記します・検視をやった場合検視1件ごとに作成される.
Q(尋問):西村成生さん検視の件は取扱簿が記録として残っていると聞いていいか?
A(高野):だと思います.取扱簿に預かった順に書く,遺留品は備忘録を取扱簿に転記する
K 着衣,所持品,遺留品の引き渡しについて
・落合証言は黙って廃棄することはない.自殺として認定したので警察で預か
る必要はない.関係者,遺族,会社関係者に渡せば受取書は警察に残ります.
Q(尋問):警察で預かる場合,遺品の目録を簿冊に書くか?
A(落合):備忘録の簿冊に書く. 引渡者を確認し引渡書に署名捺印を頂く.本件で上記の手続きをとったか記憶がない.
・高野証言は遺族に確認する
L 衣類の状態ついて
・落合証言は衣類がビニール袋にまとめて入っていた.
☆しかし,遺族は一切見ていない.
・高野証言は検視時,衣類の損傷を確認した記憶はない
M 遺族と対応について(病院内において)
・高野証言は遺族に対応していない
N 廣瀬から事案を聞かれたか,について
  ・高野証言は刑事課の同じ部屋にいたので話したと思う
O 遺族対応(中央署内)について
・高野証言は刑事課長か刑事課長代理が行う
 3.事件の説明を求めて遺族が署に来た事や訴訟のことを聞いたか
 ・高野証言は知りません.訴訟が始まった後,被告代理人から聞いた.
4.廣瀬証言について
@廣瀬氏が西村に対応した時期
 ・廣瀬証言は西村に対応したのは平成9年1月ごろ.
西村意見 (4.@廣瀬証言の真偽)
平成9年1月ごろ,中央署で西村は廣瀬氏に会っていません.
私が最初に中央署を訪問し,廣瀬氏が対応したのは平成8年(1996)年4月頃である.この事件の担当者として廣瀬課長代理が対応し,彼は刑事課から面会室に事件のファイル(10cm幅)を持ってきて,それを見ながら説明した.
廣瀬氏は「御主人は飛降り自殺でした.西村さんの事件の担当者は荒井泰雄,高野清吉,落合聡は既に荏原署に転勤した,現在,中央署に説明できる者はいない.転勤先に行って担当者に直接聞くしかない」と説明した.高野証言,落合証言では私が訪問した時期(H8年4月),中央署に高野清吉,落合聡は在籍し,事件の説明は可能だったが,廣瀬氏が面会や説明の機会を阻み,遺族に事件の解明を諦めさせる対策をとっていた.高野証言,落合証言による転勤先,その時期は下記のとおりである.
・高野証言は平成10年1月,光が丘警察署に転勤
・落合証言は平成8年夏頃,田園調布署に転勤
5.遺品について 
・廣瀬証言は
@衣類一式の措置の依頼を受け廃棄された.
A遺族からFAX受信紙の話はありません.遺品について,証拠品庫を見た.遺品は当時の捜査員のメモに残る,
B取扱書に印があったと記憶している
C遺品を同僚に渡すこともある.当時,全体を把握する際に,西村に提示し
最後に確認した.
 D財産的価値がないものを1つのビニール袋に入れ,行政手続をとる.警察が預かったものを確実に返したが、西村さんには記憶がない.
 E「衣類の原形がなく大便が飛び散り…」西村さんがはっとし、思い出したなと認識した
西村意見 (5.遺品について対する) 
@警察から衣類一式の措置の廃棄の話はなかった.
A原告はFAXの開示の話をした.FAXは重要で,成生がホテルで生存していたか,既に死亡していたかの証拠だからである.
B廣瀬氏が見た捺印された取扱書の提出を求める.
C遺品を同僚(遺体第一発見者・重要参考人)に譲渡するのは初動捜査の誤りである.中央署が私に提示していない受取証明書を,廣瀬氏は何故確認することができたのか?その受取証明書の提出を求める。
D捜査の価値として全着衣は最重要証拠品である.中央署の誰が、何時,何処で,何色のビニール袋に入ったものを見たのか?私は成生の全着衣を一切見ることができなかった。その全着衣の返還を求める.その行政手続書の提出を求める.
E 中央署と廣瀬証言の真偽を確認するため,警察が預かった目録や引取書の
提出を求める.廣瀬氏は私に面会した時「衣類の原形や大便が飛び散り…」の説明は一切なかった.廣瀬氏は何故,勝手な作り話の証言をするのか?刑事課の居室で説明したのだから,その録音テープの提出を求める.その会話の録音テープが無ければ,廣瀬氏の偽証であり,酷い証言ばかりで呆れ果てる.
6.証拠と証言を確認して
  被告の証拠と証言をチェックして,この事件は捜査機関の初動捜査(捜査,実況見分,写真撮影)が厳守されなかったことから始まった.中央署は初動捜査を怠った上,警察情報として報道機関に発表し新聞記事になった.
 1996.1/13読売新聞夕刊は「センターホテル東京の非常階段下の路上に紺色の背広姿の男性が頭から血を流し,うつ伏せになって倒れているのが見つかった」と報道した.
新聞記事の「うつ伏せになって倒れているのが見つかった」は,中央署が恰も,捜査,実況見分,証拠写真を撮影したかのようにメデァに伝えた.
中央署に対し「センターホテル東京の非常階段下の路上に紺色の背広姿の男性が頭から血を流し,うつ伏せになって倒れている遺体」の写真の提出と,遺体の全着衣等の返還を求める.さらに検視時の遺体の実況見分,撮影写真の提出を求める.
捜査機関は犯罪の防止,捜査,解明,証拠等の開示,説明責任の公務を担うことで,その存在の意義がある.
以 上

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